明古


金曜日は明治古典会である。

朝8時に古書会館へ到着。一階会場を見渡すと本はほとんど置いていない。そう、一年で一番品物の少ない季節に突入したのである。とはいえまったくないわけではない。地方荷は40箱くらいあったし、仕分けがカーゴ一台分入っている。9時を待たずしてカーゴ荷の仕分けと地方荷で短歌雑誌の口の仕分けに入った。ワタシはうちの取り扱い品の関係から短歌雑誌の仕分けをする。昭和初期のプロレタリア系短歌雑誌のその紙面からにじみ出てくる勢いを感じながら分けていく。当時短歌は思想表現の場として機能していたようである。表紙に配された写真の図柄は梅でも櫻でも富士山でもない。額に汗を滴らせながらピッケルを振り下ろすランニング姿の労働者の姿であった。現代短歌が醸しだしている風流などという雰囲気とはまったく無縁な存在だったのである。
結局戦前のものと戦後すぐのものを細かく分けられたが、ごく最近まで出ていたような新しい口はならないという判断から大山にして別口としたところで仕分けは終了した。

その後もぼちぼちと持ち込みの荷は追加され、最終的には700点あまりの荷が会場を何とか埋めた。今週は天候も不順で荷物の集まりが少ない市会が多かったのだが、率直に言って明古だけは別格のようである。

さて、入札。ワタシが入れられるような荷が今日も結構出ている。木村伊兵衛さんの原稿。岡本太郎氏の原稿。柄澤斎氏の木口木版画集オリジナル入り。暁斎百鬼画談。川瀬巴水版画「赤坂弁慶橋」。安倍公房「飢餓同盟」初版カバー帯付本などなど。「入れられる」というのは「欲しいと思える」というだけであって、買えたらすぐに売る自信がある、というわけではない。その時に覚えている相場観と入札状況を頼りに買い札を捻り出すのだが、ワタシでも欲しいと思える品物を百戦錬磨の明古メンバーの方々が見逃す筈もない。そのことは開札の最中にいつも思い知ることになる。

兵どもが夢の跡。結局何とか落札できたのは先に挙げた品物とはまったく別の、岡本太郎氏署名入り本「母の手紙」。辻邦生氏署名入「円形劇場から」の限定本の2点に止まった。そりゃあ自分で思った値段で買えれば何の苦労もない。そうはならない競争原理で市場は運営されているのである。言うまでもなくほかは全滅であった。

朝仕分けした短歌雑誌の口はなると思ったものは全て売れた。正直ほっとした。(^^)

2001-02-02 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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