誕生日


今日はワタシの32回目の誕生日である。30になるときにはなにか抵抗のようなものを少しは感じたが、それを超えてしまった今は、特に思うことはない。ひとつの通過点くらいにしか考えられない。
人生には節目が必要だが、それは忘れた頃にやってくるくらいが丁度いい。冷や汗をかくような事を年に何度も体験したくはない。

誕生日が本当にうれしかったのは小学生のころだったかもしれない。母親の作ってくれたごま塩のまぶされた赤飯は、今日が特別な日だという気分を盛り上げてくれた。いつもなら食べ終わったらご馳走さま、なのに、この日はまだケーキという続きもある。おなかいっぱい食べ終われば、誕生日のプレゼントに買ってもらったおもちゃで遊ぶ。その日はいつも店は休み(当時”2”のつく日を定休日としていた)で、両親はもちろん、健在だった祖父母も一緒に誕生会に加わってくれたのだ。写真に残っているワタシの表情は家族の中心にいる満足感に満ちていた。そんな年に一度のゼータクな時間は確かにうれしかった。

家族にちやほやされるのが照れるようになったからか、どこかで疎ましくなったからか、中学に上がった頃からはそんな大袈裟は好まなくなった。祖父が亡くなったのは、ワタシがなんの裏付けもなく生意気だったそんな頃だった。誕生日の記憶は思い出となり、写真から記憶を辿るしか術はなくなった。

甘露書房の初代だった祖父はアナーキストで、戦後、神田の露店として古書売買を始めたと聞く。”神田”の”露店”を縮めてカンロと名付けたなんて気が利いている。この業界に入って、本名ではなく「甘露」と呼ばれるようになった事は、自分なりに感じるところがある。
うちのオヤジも「甘露」と呼ばれている。その呼び名がいつか「甘露のオヤジさん」となった日、ワタシは本当に甘露書房を継いで「甘露」になったことになるのだろう。

その日は後何回誕生日を迎えれば来るのか?待ち遠しいような、来て欲しくないような、そんな複雑な気持ちだ。

小さい頃からオヤジは目標だった。その想いは同じ仕事をしていくことに決めてからさらに強くなった。どうすればオヤジを超えられるか、を日々模索しているおかげで”自分”を維持できている部分がある。
その目標がなくなる日はいつか必ず来る。目標という精神的な支えを失った時に自分の真価が問われることになる。

武者振い、である。

2000-09-12 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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