小宇宙の爆発


昨日市場に届いたタウンエース3台分の小宇宙は、本日の明治古典会で入札に伏されることによりビックバンし、それぞれの方向へと拡散していった。古本屋を介して読者の許に届き、いずれその種は大賀蓮よろしく、何年ぶりかの花を咲かせることになるだろう。

市場は、”売る人”、”買う人”、”その仲介をする人”の思惑が激しくぶつかりあう場所である。売る人は自分の持ち込んだ本はなるたけ高く買って欲しいと思う。買う人はできれば自分の欲しい本”だけ”を買って帰りたいと思う。その仲介を仰せつかった人には、好むと好まざるとにかかわらず、売る人と買う人の勝手な思惑がぶつけられる。出来高を考えてしまえば、どちらの思惑も大切に思わなければならない義務を負ってしまう。

売り物が出なければ買う人は買うことが出来ない。これはアタリマエのことである。ただ、その点が災いし、買う人は売る人が出す品物の”出し方”ひとつで品物を買えたり買えなかったりすることがある。

売る人の姿勢がいい加減で、残っても困るから”一山いくら”で売りたいと申し出た時、買う人がその中にどうしても一冊だけ欲しい本が入っていたとして、他の本がその人にとって不必要な本の山だった場合、欲しい本一冊のために山を買えないという理由で手が出せなくなる時がある。
市場では日常的な光景だ。かく言うワタシも似たような場面に出くわしてあきらめることなどいつものことである。
そんな時にはその山の中で踏める本を少しでも多く見つけられた人の札が勝つ。そこには公平な競争原理が働いている。

あの一冊で出ていれば私が買えた。その一冊が欲しかったのに・・・という不満が買いたかったけど買えなかった人から仲介者に対して出る。今日はそんなことが起きたと聞いた。

うーん、どう対応したらいいのでしょうか・・・。

2000-08-25 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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