55回目の終戦記念日


55年前まで日本が戦争をしていたと言われても、ワタシは戦争が終わってから23年も経って生まれた人間である。その事実に責任を持てないどころか、すべてのことがリアルには立ち上がってこない。
同時代を生きていないのだから、その時起きたことは、誰かが体験し、判断し、印象の強い頭に残っていることだけが伝えられる。無論、感情もたっぷりブレンドされていよう。そこから事実だけを抽出してその時代に何が起こったのかを判断するのは殊のほか難しい。事実上無理だ。
そんなワタシのような世代が日本人の30代、40代になり、戦争中のことを知る人は、どんどんと現役を退いていくこの時期に、ご近所の国から「戦後補償」といわれても何もリアルにならない。

テレビカメラが生中継をしている中ででかい包丁を振り回し、バスジャックして人を殺した”現行犯”の少年が名前と顔を厳重に伏されていずれ無罪放免になる国である。過去の証拠も残っていないような戦争犯罪を立証してカネを受け取ろうなんて無駄なことであろう。なんのリアルさも見出せない。もし”正義”を掲げて戦争犯罪をどうしても裁きたいのなら、広島、長崎に落とされた原爆と、東京大空襲で焼け死んだ日本の非戦闘員の無念もどうか等しく想ってあげて欲しい。これこそ戦後補償してもらうに一番ふさわしい案件だ。証拠?それなら広島と長崎の原爆資料館を見ればいい。原爆投下と大空襲は人類の長い歴史上、非戦闘員を標的にした最低にして最悪の無差別大量虐殺行為であったといえよう。戦争犯罪という範疇など軽く超えてしまっている。日本人ならば、この大虐殺行為を行なった国の名前(新聞の大半は下手人の名前を自主規制している)と事実だけは決して忘れてはならない。

夜、NHKの戦争関係の座談会を見たが、そこで流されるVTRにすでに作為を感じた。あれで引き出されるのは「日本が侵略戦争を起こして悪いことをした」というステレオタイプ化された模範解答だけである。くだらない。罪のない若者をいじめて何が楽しいのだろう。

2000-08-15 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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